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BLACK BOX 04 | 気づけば音楽を10年以上やっている(後編)by.So Ohashi

2020.11.15

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“BLACK BOX” − セルフ・インタビューの形式でお届けする、28歳の一般人男によるインターネット自伝。

 

 

 

 

 

ー関西で過ごした大学時代にたくさんの出会いがあったというのは分かりました。”The Foglands”以外にはどんな活動をしていたんですか?

 

サポートドラマーをしていたバンドが2つあって、1つは京都・嵐山の美大で結成されたニューウェーブ・バンド「CTLYA」です。京都の大学の音楽シーンは、昔も当時も、今もそうかもしれないけれど「くるり」の影響も大きく、同い年くらいのバンドはよくオルタナとかポストロックをやっていました。僕のやっていたバンドのルーツはそこに当てはまらず、対バン式でライブをするたびにその趣味・嗜好の差を痛感することになるのですが、確か打ち上げで一緒になってクラフトワークの話で盛り上がったのがCTLYAのメンバー。それから僕はサポートドラマーをさせていただくことになるのですが、今振り返っても彼らは尖っていながらずっと美しいと思うカルチャーにまっすぐで、かけがえなく楽しい時間を過ごしました。あの時間は結構、今でも自分の根底にあるかも。元気かなってすごい気になってる友達です。

 

 

 

 

ーもう1つは?

 

大阪の郊外にある楠葉という街で音楽を作っていた「Coughs」というバンドです。このバンドに関わっていたのは主に社会人として働きだしてからだったのもあり、週末にスタジオ入ってそのままメンバーの家で鍋を囲むのが習慣化していて、そこでは今も関わりのある友達に多く出会いました。音楽的には自分が”The Foglands”でやっていたような60’sルーツと重なる部分もありつつ、GirlsやWhitneyのようなサイケ〜ソフトロックを取り入れたグッドメロディバンドでした。ドラマーとしてはスネアやフロアタムをベコベコにミュートする年代感を感じさせるような音作りや、全体のアンサンブルの中で「引く」ことをこの頃に一番意識してやっていた気がします。シンプルにめちゃ仲良かったし、周りの人の巻き込み方が上手いなと感じていて、それまでに体験できなかったような思い出をたくさんもらいました。

 

 

 

 

 

 

ー大阪・京都では濃い時間を過ごしたのですね。それから東京に行くと?

 

はい。仕事の転勤で、東京に行くことになります。

 

 

ー音楽ができなくなるとか、そういう不安はなかったんですか?

 

東京に行くことを選んだのは、いろいろ考えた末に自分で決めたことで。当時バンドもサポートで参加しているものしかなかったし、名残惜しかったけど音楽の面においては、別にドラムを辞めるわけではないから、漠然と向こうに行ってもやる機会があると思っていました。

 

 

ー東京に行ってからは「路地」に参加したんですよね。

 

東京に来て半年くらいは、音楽から離れていて仕事に忙しくしていました。ある日I Saw You YesterdayというCoughs時代に知り合っていたバンドのライブを確か、新宿MARZに観に行った時に、今も親交のあるイベンター/DJのツタヤくんを紹介してもらって。その頃はまたバンドをやりたいなという思いが出てきていて、誰かドラマーを募集していたら紹介してくださいよ〜とか話していたら、しばらく経ってからツタヤくん経由で「路地」がドラマーを探している、と連絡をもらうんです。

 

 

ー関西時代の縁が見事に繋がった感じで運命的ですね。

 

何もできずに悶々としていた時期ももちろんあったけれど、今考えたら何一つ無駄がないくらいやってきたことが繋がったなって感じがします。ありがたい。

 

 

 

 

ー路地に入るまで、関西では英詞のインディーロック志向のバンドばかり経験していると思います。日本語のポップスのバンドにいきなり加入して戸惑いはなかったのですか?

 

声をかけていただいた時に「渚にて」という初期の曲を聴いて、自分のやってきたドラムを違和感なく活かすことがなんとなく、できると感じました。Coughsの延長上で、音量面でバンドアンサンブルのバランサーとなることが何となく身についていたので、それなりにすぐ馴染めたと思います。ただ、BPMの揺れをなくしてタイトにすることには相当苦労しました。前からの友人に路地のライブを観てもらったときには「めちゃくちゃタイトなドラム叩くようになったやん」って言われたのを覚えてます。自分のプレイの良くないところを今までになく見直して矯正した日々だったので、路地に入ってから多少は成長したなと思います。

 

 

 

 

 

ーそれから数年経って今に至っているんですね。

 

東京に来てからもいろんな人との出会いが枝分かれして楽しく音楽がやれています。路地はしばらく休んでいますがまた何かしらの形でやると思います。そしてここ一年で新しいバンドを2つ始めました。1つは路地のメンバーを主体としてドラマーとして新しく結成、参加した「ヨットヘヴン」。もう1つはラッパーで参加している「Nelko」です。ラップをやり出した話などはまたどこかで話せたら良いなと思いますが、今も現在進行形で新しいものを作っている日々です。たまに長い時系列を振り返ってみるとちゃんと縁が繋がって来てるなとあらゆる感謝が溢れちゃいます。表現をできる場所が生活の線上にあることがとてもありがたいし、かつやればやるほど作りたいものもさらに生まれてくるのが不思議なほど音楽の魅力だと思います。とはいえそろそろ一回書き留めておきたくて振り返ってみました。もはやこうなってくると5年後何をやっているか想像もつかないけど、今よりさらに良い作品と楽しい思い出を積み上げていられたら良いなと思います。

 

 

 

 

 

(Interviewer & Interviewee: So Ohashi)

Archive:

BLACK BOX 01 | 父親が生きているか知らない

BLACK BOX 02 | 家に帰ったら母親がお坊さんとSkypeをしていた日

BLACK BOX 03 | 気づけば音楽を10年以上やっている(前編)

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