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喫茶 つぐみの部屋 #14by.秋光 亜実

2020.12.04

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喫茶 つぐみの部屋

時に私は、湯を沸かす、毎朝カーテンを開く、といった生活する中で少々必要なことを、やっとできるくらいの能力しかないような気がする。
また時には、頭の中で渦巻くことばや日々の感情を可視化し、見てくれた他者の記憶の断片になることができたならば、怖いものなしでなんでもできる気になり、生き抜くパワーを抱くこともできる。

そんなふうに、そもそも何も描かれていない紙屑がただ空に舞い散るような虚無感や絶望感に陥ったかと思えば、水を得てどこまでも深く広い海を自由に踊りながら泳ぐ魚のように充実感や多幸感を得たり、自分の内側と外側の両方を、小刻みに、行ったり来たりしていた。そんな1年であった。

数日前に、映画を観に新宿へ行った。

天気は、曇天に雨。冷たい小雨。夕方、家を出ると同時に雨に気が付き、いつもは駅まで自転車で行くところを変更してバスに乗ることにした。水溜りを避けながらバス停へ向かう。白のワイドパンツにチャックテイラーを履いてきてしまったことを後悔しながらも、ここで裾が短めのスカートや雨靴を選択できるほど機転が効くわけがない自分に逆にクスッとできて、愉快な気持ちにもなった。

映画館へ向かう前に郵便局へ立ち寄るため早めに出たこともあって、チケットを発券してから開場まで15分ほど時間ができた。場内に休憩できるスペースなどはない。外は雨、昼食を逃していたため少々の空腹、マスクをしたままマフラーに顔を埋めても寒い。
リサーチなしに映画館を飛び出し、これらの条件を掻い潜ったうえで、有意義な15分を過ごすために思案しながら足早に道を進むと、徒歩2分の場所でコーヒースタンドを偶然見つける。迷いなく駆け込んだ。

サッと見渡す限り店内は満席。MacBookを開いてスマートにリモートワークをこなす人や、分厚い参考書を豪快に開いて勉学に勤しむ人、ヘッドフォンをつけて周囲との世界を遮断し片手で持ったスマートフォンの画面を食い入るように見つめている人。
窮屈に肩を寄せ合いながら、各々の机上で各々の何かを楽しんでいる。この人たちは、既に温かなコーヒーを手に入れ、気を休めてそれぞれの世界に集中しているのだ。寒空のなかを傘をさすのも面倒で小走りに駆け込んできた私にとっては、その一人一人のスペースに与えられた温もりが、入店してレジに並ぶまでのほんの一瞬でさえもとても羨ましく感じた。それと同時に、そんなに簡単にこの席は手に入れられないんだぞという無言の圧力をも感じ、怯みそうになった。
一瞬の羨望感と悲壮感でボンヤリしていると、レジの向こう側でスタッフが声をかけてくれる。とにかくあたたかいものを、そして5分足らずで胃に入れられる小さくて柔らかいものをと思い、ドリップコーヒーとアメリカンワッフルをオーダーした。
「ワッフルはあたためますか?」「店内をご利用ですか?」というスタッフの質問責めに全て「はい」と応答する。「店内は満席ですが大丈夫ですか?」と心配されるなり、私はすぐに店の外に視線を仰ぎ「外の席で大丈夫です」と潔く返答する。とりあえずこの10分以内のミッションは時間までに食べ終わり開場に間に合うように映画館に戻ることである。あたたかい飲み物と食べ物はもうすぐ手に入れられる、それ以外のことは今は最低限でいい。

あたためる間の世間話の末に「映画楽しんでくださいね〜」と見送ってくれるスタッフに軽く会釈し、テラス席へいそいそと向かった。
その席は店の窓に沿ったベンチタイプで、その窓に背を向けるようにして座る安定感のある席だ。ベンチと同じ素材の、トレーのようなさりげなさがちょうど良い、小テーブルもくっついている。小テーブルにホカホカに温まったコーヒーとワッフルを置いて、席につく。
新宿の大きな交差点が眼下に広がり、行き交う人々の様子がよく観察できる位置だ。幸い屋根の下の奥まった位置なので雨には晒されず飲食するには支障なし。この雨のなか、テラス席に座る変わり者も私くらいで、周囲に誰もいないので遠慮する必要もない。店内にひしめき合うよりずっと良いじゃないか。私は自分の選択に勝ちを見込んでほくそ笑みながら、ワッフルをひと口頬張った。

口にした途端、体内に甘くてやさしい温風が吹き込んだ。そのひと口が私の選択を確実に勝利として裏付けてくれた。だんだんと大粒になる雨は、水溜りにボトボトと音を立てて降り落ちる。頬を走る空気はキンと冷え込んでますます寒い。しかし、受け取って間もないワッフルのあたたかさはそんな環境を他所に、私の心身の温度をグングンと上げてくれた。

なんだ、この美味しさは

寒いなか頂く、甘くあたたかく柔らかいものの美味しさはこんなにも私の芯を貫くものだったのだろうか。でも初めて知ったものではないことくらいはわかる。初めてではなく、知っていたけど「思い出した」「呼び覚まされた」感覚に近い。私は、この幸福感を夏の間にすっかり忘れてしまっていたのだ。
もぐもぐと頬張りながら考えた。思えば私たちはもしかすると「反対のもの」に惹かれるのかもしれない。寒いなかで食べるワッフル然り、寒いなかで飲むホットコーヒー。肉まん。手抜きばかりのジャンクフード生活でたまに口にするトマトの甘さ。外カリカリなのに中トロトロのたこ焼き。食べ物だけではない。窓を開けて換気しながらかぶる毛布。起きなければと思いながら落ちていくような二度寝。身をいじめ汗しぼりだすサウナ。いつも意地悪ばかりするのにたまに優しいヤツ。お説教のあとの労い。デニムとレース。ライダースとドレス。ヤンキーとロリータ。ツンデレ。もちろん「反対のもの」であれば何でも正解なのではなく、「厳しさや辛さのなかにある些細な甘さや優しさ」に限るかもしれないが・・。人間なんて都合の良い生き物なのだ。

たった5分とか10分の出来事だけれども、改めて発見できた幸せが、なんだかとてもうれしかった。まさに「内側、外側」を行ったり来たりした出来事であった。忙しなく感情が揺れ動き、自分自身が追いつかない。それでもその往復が私にとってはものすごく「生きる」を感じられることのようだ。両方があるから、片方の重みを感じることができるし、その重みは自分自身の糧のようなものにもなり得るのだろう。
何より、なんでもお望み通りに全てを手に入れられることに幸せを感じられる自信が私にはあまりない。手に入れられることが当たり前になってしまうと、もっとずっと上を求めていつまでも満足できなくなってしまう気がするからだ。すぐに何でも手に入れられることが良いのではなく、目の前にある条件の中でおもしろさを見つけられる方がきっとあらゆることに気づくことができて、それが楽しいと感じてしまうから、私には合っているのかもしれない。

ちょうど良い「反対のもの」にこれからも、おもしろおかしく気づいていきたいと思う。

2020.12.4

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