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2018.09.04

【ACTION】リレー小説
『夏の白昼夢』#4


挿絵:Takuro Enomoto

「ねえクーラーつけないの?暑いよ。この部屋、砂漠みたい。不毛地帯。」

1DKの僕のアパートに足を入れた彼女は言った。

「砂漠にだって住んでる生物はいるだろ。節約だ、節約。扇風機で十分。」と
僕はゲームのコントローラーを汗ばんだ手で握りながら、彼女の目も見ずに答える。
それに怒ったのか、答えに満足したのかはわからないが、
うんともすんとも言わずに、
トタトタと心地良い音を響かせながら、
足早にキッチンの方に向かっていった。
付き合ってもう3年と2ヶ月になる彼女とは、お互い良い距離を保ちながら交際をしている。
時々、喧嘩になったりしても、すぐに仲直りできるので、
“ああ、3年目のジンクスなんてないんだな“と、勝手に噂を鼻で笑い飛ばしていた。
「早く海行こう?もう14時過ぎてるよ。」キッチンから頭だけを出して彼女が言い放つ。
「うん?ちょっと待って。セーブするから・・・」と言いながら、
朝8時からの冒険をしっかり記録して、
重い腰をあげる。
「車で行くでしょ?なにする?スケボーするの?ギター弾くの?散歩?あ!まずはご飯か!何食べる?」と
彼女はビデオテープの早送りのようなスピードで口を回した。
“そりゃゲームしたいんだけど・・・”
とは言えず、
僕はフニャフニャと口を動かしながら、
半分ほど残ったソフトケースのラッキーストライクと、ヤシの木があしらわれたジッポを握り、
安物の皮に包まれた車のキーを探す。

「ねえ、車のキー、知らない?」

「また?いつもじゃん。汚いからだよ。断捨離しなよ断捨離。」

確かに片づけられない僕が悪いんだろうが、
文句は言うが片付けはしてくれない君も悪いんじゃないの?
それに全部の物に思い出だってあるのだ。
そういうのを悲しむ心はないのか?
なんて考えたが、喉の奥に言葉を飲み込んで、
必死に物をどける。
結局、文句を言われつつ5分ほど探すと、
この前着ていた薄手の柄シャツのポケットから鍵が半分、顔を出していた。
すぐさま鍵を真っ白なヘインズのポケットに押し込み玄関へ向かう。

「あった。」

「遅い。太陽が沈んだ。」

なにいってんだ。

少し離れた駐車場へむかって、
まるで鉄板焼きのように熱されたコンクリートの上を、赤と青のコンバースが歩を進める。
赤が車道側で青が壁側。別に紳士ぶるつもりもないけど男としての礼儀を精一杯僕は守った。

「あついなあ、海行くのやめ・・・」

「ない!!」

僕のジョークは受け入れられない。
言葉を遮って、手を潰れんばかりに握られる。
3年と2ヶ月付き合っても〝デートでは手を繋ぐ〟そんなチープな、最初に決めた唯一の約束を律儀に守り続けている。
少し恥ずかしい気がしないでもないが、目に見えない何かを繋ぎ止めている感じがして、悪くはない気分だった。
僕の手汗と彼女の腕を伝うシーブリーズが絡む。
兎にも角にも駐車場についた僕らは、
車に乗り込んで目的地に向かってガソリンを消費することにした。

山に囲まれた場所で育った彼女を、
付き合いたての頃はよく海に連れて行った。
いや、連れ出す理由で一番もっともらしい理由がこれだった。
お金がない僕の、一番ロマンスを届けられる場所だったのだ。
その理由を知ってるのか、知らないのかはわからないが、
彼女は喜んでくれて、今もこうして海に連れて行ってとせがんでくるのだから万々歳ではある。
途中のドライブインで食事を済ませ、 そこから20分も車を走らせると、
錆び付いたガードレールが緩やかな曲線を描いて、青い草原が見え始める。
青の日差しが車のフロントに刺さると、
エンジンの回転数と共に、
彼女のテンションも速度を上げ始めた。
「キレー!見た?見た?」
「え?何回も行ってるじゃん。」
「なによ…全然ロマンチックじゃないなあ・・・」と
なぜか悪態をつかれたが、気にすることなく、僕はハンバーガーを口に含みながらタバコに火をつけた。
浜に着くと、僕の古い車を、駐禁の切られにくい、いつもの木陰に停めて、砂の海に足を下ろした。
イルカのようにはしゃぎ、
波間に揺れる彼女を見ながら、
明日の仕事嫌だなぁ、今日の晩御飯どうするか。あれ?ゲーム、どこまで進んだっけ?
などと、ぼんやり考えたりして歩いていると、
どこか遠い国から流れてきたであろう、
木の破片につまづいて転んでしまった。
しかも運悪く、彼女の二つの目は、僕の醜態を見逃さなかった。しまった!

「うわ!転んでる!ダサい!」と、
初めて特ダネを掴んだカメラマンのように、ハシャギながら頬を上げる。

「普通 大丈夫?って聞かない?彼女なら」

「あら。大丈夫?」と
意地悪な顔をしながらスカートをひるがえし、華麗なターンをして、また浜辺を歩く。
それから、潮で看板の半分がサビまみれの、古ぼけたいつもの喫茶店でクリームソーダを飲み、もう一度浜辺に戻る。
既に空はほんのりと頬を染め始めていた。
砂浜に座り、まるで僕と彼女のコンバースのような色に染まる海を見始めたら、
どうにも恥ずかしい雰囲気になってしまって、どちらも言葉を発さなくなった。
5分か10分。時間はわからないが、長い沈黙を破り、
「ね、私たちって結婚するのかなあ」と、
ボソッと彼女がつぶやく。
「んー、わからない・・・でも・・・」

「でも?」彼女が透き通った目で見つめる。

そこで僕も押し黙ってしまった。
自信がないわけじゃない。
仕事だってしてるし、生活にも困っていない。
でも実際、幸せにできるだけの、それ以外のものを、僕は持っていない気がしたのだ、その時は。
理由も聞かぬまま、彼女はゆっくり立ち上がり、微笑を浮かべると、パンパンと服についた砂を払う。
「帰ろっか」
「うん、そろそろ帰るか。」
徐々に闇に包まれつつある浜辺を、車のある場所に戻るため、歩き始めた。
街灯もない世界で光っているのは、
低い位置に浮かぶ月と反射するもう一つの月、
それから僕がくわえているタバコの火種だけだ。
浜風に扇がれて、吐き出した煙は一瞬で消え去る。
すっかり冷えた道を、ゆっくりと歩き、車に乗り込む。
話す言葉もない車内では途切れ途切れのラジオだけが静寂を切り裂き、
少し壊れかけのヘッドライトは、4年前にはじめての給与でこの中古車を購入した時より、弱々しく僕らの少し先を照らし続けていた。
彼女の家の前に車を停めて助手席のドアを開けると、生ぬるい風が僕らを追い越した。

「ありがと。楽しかったよ。」
そう言っていつもより手を振る彼女は玄関を開けて、あっけなく姿を消した。吐き出したタバコの煙のようにあっさりと、夏の潮風のように、一瞬で、文字通り僕の前から姿を消した。どこかの家の壁にくっついているひぐらしが、うるさいほどに鳴いていた。

それから僕は、しばらく抜け殻みたいになってしまって、生活もままならなくなった。
しかし、どうやら年月というのは偉大なもので、
季節の色が1度、2度…、そして4度変えた頃、新しい恋もしないままだったが、
それでもそこそこの生活を取り戻していた。
仕事も順調になってきたし、あの時の家も引き払って、新しい場所を見つけた。
君が消えた理由もわからないし、そのうちひょっこり戻ってくるんじゃないかな、
いや、でもあの生活は夢だったのかもしれない。
暑さのあまり、都会に現れた、蜃気楼の街に迷い込んでいただけなんじゃないか、
なんてバカみたいな考えで毎日過ごしている自分に嫌気もあったりするけれど。
君の仕草や話し方、アルコールが入ると少し真面目な話をするところ、
不機嫌になると返事をしないところや、実は思いやりがあって優しいところ、下手くそなジョーク。
今更、君の全部が好きだったことに気づいて、定期的にセンチメンタルな気分に浸る僕を見たら、
彼女はどう思うだろうな。と考えながら僕は少し、涼しくなり始めたあの浜辺を、一人歩いている。
小さな笑い声とそれを見守る男と女。クリームソーダを飲みながら、愛を語らう若い二人。
僕の知らない生活と、夢と、愛が、夏の浜辺に集まっている。

熱にあてられたのか、気まぐれなのかはわからない。
なんだかふと、前向きな気持ちが生まれてきた。
恋もままならないのは君のせいだ。なんて言ってたら、
きっと君は「ダサいよ」と言って、下手なジョークを言ってくるだろう。
そんなことを一人、頭の中で考えて少し口をあげて笑った僕の上を、冷たい風が吹き抜けた。
フロントガラス越しに液体状の夕焼けが流れ落ちてきた午後6時。
つい最近、新調したヘッドライトを早めに点灯して、最後のラッキーストライクに火をつけて車のキーを回した。
日差しと共に襲ってきていたはずの焦燥感は、夏の終わりと共に息を潜めはじめる。
僕がアクセルをいつもより強く踏むと、
いつのまにか彼女より付き合いの長くなった、オンボロのエンジンがブオンと唸りを上げた。
どこからか聞こえていたひぐらしの鳴き声が
止まり、ポトリと地面に落ちる。
気だるい季節、懐かしい景色と夏の匂い、
君の面影をこの浜辺に置き去りにして、
鉄の塊と僕はネオンの光る街へ走り出した。


YUUTO:
SALON TENANT 406号室メンバー。音楽 ZINE「SPICE」の副代表を務め、DJ・イベンターやコピーライターなどその活動は多岐に渡る。SALONでは80年代好きが集って語る名企画”80’s TALK SESSION”シリーズ等で活躍中の、シーンきってのロマンチック・ボーイ。