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2019.04.26

【TENANT 106】バンコク博覧会 – いちんち#4

休みでタイのバンコクに数日滞在した折に、Bangkok Art and Culture Centerというギャラリーを訪れる機会がありました。

最近の自分は、観光で異国を訪れた際にはできるだけ現代アートを見に行くようにしています。
観光することは「光を観る」と書きますが、ふだん液晶画面ごしの情報に両手足を縛られた僕たちにとって、初めての土地で本当におもしろい場所へと行くのは至難の業。トリップアドバイザーやGoogle mapsのレビューで矯正されなければ、まるで盲目。
そこで思いついたルートのひとつが、アート鑑賞です。僕自身未だアーティストでもなければ、アートの系譜についてのなんたらのこれっぽっちの知識もありませんが、なんとなしに現代アートが型を破る・意味を見出すという行為と重なると理解しています。となれば、現地のアーティストが自分の物資も時間も割いてまで表現した作品には、その国で暮らす中からしか生まれない「叫び」があるはず。

バンコクでは帰国が迫っていたため(いま成田行の機内で執筆中)、ぱぱっとぐぐって出てきて良さげだったアートギャラリーへ行くことにしました。結局やっぱりぐぐるんです。

 

外から見たBACCー他の東南アジア諸国と比べても、バンコクは東京と見紛うこと多し。

 

公にむけて無料開放されたギャラリーは、筒状の吹き抜けを中心に9階ほどのフロアからなり、風通しのいい空間に様々な展示・カフェ・土産物屋やアーティストの出店(似顔絵、陶芸などなど…)が並びます。バンコクのアーティスト達が集える場所を、という想いから2006年に開館されました。

 

人々の様子が筒抜けな吹き抜けフロア

 

この日の展示は、The White Elephant Art Awardの受賞作品。プロかアマチュアか詳しくはわかりませんが、絵画・彫刻・インスタレーション・大小様々な作品が飾られていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

それなりの時間をかけてすべて回り終えた感想として、正直あまり心を動かされはしませんでした。

そして作品自体よりも、そこに並ぶ作品の傾向にある種の恐ろしさを感じました。多くの作品に通ずるテーマとして見受けられたのが「仏教」「タイ国王」「綺羅びやかさ」「くらしの尊さ」「歓び」です。特に「仏教」と「タイ国王」は本当に多く、どちらかというとプロパガンダアートの印象を受けたほど。逆に、生の恐ろしさとか日常に潜むおどろおどろしさとかは、ほとんどの作品から除外されていたように思えます。
調べてみると、このWhite Elephant Art Awardというのは公営タイ飲料会社(Thai Beverage Public Company Limited)によって、「我々の親愛なる国王」(Our Beloved King) というテーマの元、作品が集められているそうです。

これってちょっと恐くないですか?

日本で例えるなら、「親愛なる天皇陛下」というテーマで募られた作品が渋谷ヒカリエで展示されているようなものです。もちろん国王や天皇陛下を崇める事自体は何ら問題のない個人の嗜好だと思うんですが、それを首都の芸術センターともいうべきパブリックスペースで大々的に行うことは、人々に及ぶ権力が大きすぎると思います。
デートのカップルとかどうなんでしょう。「今度の週末、BACCで国王崇めにいかね?」とでも誘うのでしょうか。

 

「微笑みの国・タイ」とよく言われますが、ここ近年はクーデターがおこり、クーデターに対する政権交代があったと思ったらまたクーデター、あれよあれよという間に2014年からは軍隊の独裁国家になっています、実は。
日本みたく、国王はあくまで象徴。でもタイの映画館では作品の上映前に、国王の姿と国家が流れて観客全員敬礼しなくちゃいけないらしい(これ、本当ですか?誰か)。世界で数少ない、「不敬礼」の現存する国。

 

じゃあ、これらの作品のアーティスト目線から見るとどうでしょう。「生活は苦しいけど、歓びに満ちている」「国王陛下が私達の希望だ」「自然の原風景にタイの心が宿る」 これらはどれも、創作の純粋な動機に思えます。僕もひとつひとつの作品だけ見たとすれば、技法の創造性に感心したり、美しい風合いに心打たれたかもしれません。
でも、ひとつのギャラリーの中で作品を見た時、繰り返し複製されつづけるモチーフに気づいてしまいました。アーティスト個人としては、創作を通じて「探求」していたはずのものが、集合体としてみると「複製」されているものになった。
これって面白いと思うんです。そしてここには、運営側の権力が大いに干渉しているように思えます。そもそもこういった賞を作るに至った事情がなんなのか。国王が自分で言い出したとは考えづらいでしょう、北朝鮮ならともかく。

 

いわゆる「現代アート」な方向性ではなかったような気がします。

社会科見学にきてた高校生の集団を尻目に もやっとした気持ちでギャラリーを去り、土産屋と書店を回ると一冊の本を見つけました。

 

 

 

 

おおお…

 

気味悪い、ぞわっとする、皮膚の下をくぐりぬけて内蔵のうちがわまでもぐり込んでくるような、この感触。

 

若き彫刻家のKen Yutdanai Sripaiboon氏は、自らの抱える病とその恐怖を、造形物として表現しているそうです。
僕からの言葉はいらない気がします。

 

こうした出会いを重ねて、少しずつ自らの無知の外堀を埋めてゆく。
埋めれば埋めるほど、その堀の深さに気づくのだけれど。

しばらく、「異国アート巡り」つづけたいな。