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2017.04.06

【TENANT 203】#2 改札前のカップルは今日も虚ろにハグをする

春は憂鬱である。新しくクラスが変わってしまうことはまた一から友だち作りや馴れ合いがまだ落ち着かない頃であるし、環境が変わってしまうのもイマイチ納得がいかないことが多くなる。現代には花粉症という身近でありながら、気の萎える病気が心地よい日差し全てを台無しにするのである。

そうしたことで、青い空はそれほど僕の目には綺麗に写らない。眩しすぎるし、僕の身なりを見ればそれに適してないことだってとっくにわかっている。

常々、僕たちは何のために生きているのだろう?って自分の存在意義を持とうとするやつがいるーいや、誰もが通る道だろうー。結局僕たちは漫画寄生獣の物語になぞらえれば、種を受け継ぐように何かから指令を与えられていて、それが僕たちの性欲となり、雌はより綺麗に、雄もまたよく見られようと生き、セックスをして、新しい種を作っていく。生物的には僕等なんて、ただのヒト科にしか過ぎなくて、生きる意味の哲学など全くの不要だとも思う。種を残すのならば、最低限の生活さえ獲得できればそれだけ良いというのもよくある話だ。なんて普通で、なんて濁りのないことだろうか。もちろん、僕の家庭もそんなものであるし、不自由なく生きさせてもらったので、そういう生活に一種の憧れはあるのだ。どんな人生になるにしろ、僕たち人間は結局のところ行き着く先は一緒になるのだ。人間という種を逸することはできない。

これから僕らは牧場を出され、途方も無い道を歩かされるのである。それは果てしなく、正解がなく、そこにはゴールなんて甘いものもない。最早、僕たちはゴールをくぐってしまっていて後は長いエンドロールをジョギングして終わるだけの人生なのかもしれない。ここは長い夢の途中で目が覚めた時には僕らは天国か地獄かを決められる列に並んでいるのかもしれない。もう垂れごとを言うには子どもすぎるのだけれどー僕はこれからもいつからも子どもでいるつもりなのだがー。

闇はとても深い。それが深いというのは深さを知らないというのもある。あとひと息で向こう側にたどり着けるとも知らずに諦めるやつもいる。まだまだ泳いでいかないといけないことはよくわかってはいるのだけれど、それはとても難しいことなのもわかる。今や誰も鼻で笑ってきてバカにしてるのだよ。あなたなら売れるとか頑張れるとかそーゆーの全部信用はできない。いつだって信じられるのは自分だって、五月の夏の匂いが知らせてくれたんだよ。その匂いを決して忘れないだろう。決して忘れないだろう。ここに刻みあった時をきっと忘れない。たとえ宇宙のチリとなりこの世をさまようことになったとしても。

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4月3日が過ぎていた。見事にレールから外れたままのこの機関車は今、どこへと向かっているのだろうか?もしこのまま地方分権もなされるがないままのどこか地方へ向かったとしても、僕は何も言えないかもしれない。悔しさの余りに噛み合った歯と歯がお互いにお互いを傷つけ合い、粉々となって消えていくのかもしれない。その現状はあまりにも悲惨であり、生涯消えることのないアザのようにその後の人生を生きていくと感じると目の奥からハッとさせられる何かの感情が芽生え、このままではいけないと考えさせられる。どんな夢だって少しの容易い幸せが目の前に落ちていれば、それを拾い上げて、大事に持ち、それが無くなればまた近くのものを拾い上げ、微笑んでいるだろう。そんな人生はとても素晴らしい。僕は高校を1年過ぎた頃までそんなことを思っていた。まあ今となっては高校の自分など、非常に取るに足らない存在で、どうしようもなく、何かこの世界をユートピアだの何だの考えていたのだろうか、阿呆が全く。僕らは悪くも良くなくも大人にならされた。大人になれない人間はどんどんと蹴り落されていき、死体の上に転げ落ち、またその上から死体が落っこちてくるのだからこれは日本という国は、資本主義は無惨なものだと思う。
僕のバイトの先輩に統合失調症にかかった人がいる。図太い棒で出来た年行く人はもう社会復帰はムリなんじゃないかなんて言う。そうだとも当たり前だ、と思う僕もいる傍らに、やはり真に生きてほしいと切に願う小さな暖かい男の子の心が残っている。人の命が尊いなどと言いながら、汚い奴はどんどんと蹴り落されるんだから、人というか、大衆という奴は、道徳がよくわからない。本当に好きになれない。でも、色んなことを自分の胸に当てた時に、本当に自分が大衆と違う存在になれているかと問われると、素直に、はいとも言えないのが僕の大衆性なのだろうか。

フランクオーシャンから教わった、ピアニスト ラルフファンラートのメロディが聴こえる。上の文章を書いてる時にオーケストラが鳴ったりするのを自分の体で感じると、まるで自分がバリーリンドンかのような気もしてくる。そうだとしても僕は未だ本編の1時間にも満たない人生なんだろうが。