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2017.12.28

【TENANT 306】月世界宙がえり #1


イハラカンタロウ
1992年7月生まれ。埼玉県川越市出身。
2016年よりアコースティックギターでの弾き語りを中心とした音楽活動をはじめる。2017年2月に自主制作EP、「へやびより」を発表。同年7月、東京都三鷹市にあるイベントスペース、「おんがくのじかん」にて自主企画ライブ「僕の中の少年」を開催。楽団演奏と銘打ったバンドセットでのライブも行っている。

「僕の中の少年」

1

深夜三時に、トイレ掃除を始めた。
丹念に便器を磨いていて考えた。夜更けのクリスマス、大真面目な顔で自分の家の便器を磨いている二十代の男が、この日本にあと何人いるだろうか。
そう考えると何だか物凄く崇高なことをしている気分になり、頑なにこびり付くウンチにも立ち向かえた。

この時間にトイレ掃除を始めた理由は二つ。一つは明日、クリスマスに予定のできなかった友人を家に招き、傷を舐め合うため。二つ目は、「徳を積む」ためである。
「縁起が良い」だとか「ジンクスがある」だとか、そういった類の話に、弱い。

最近、家が建つときには七人の神様がやってくるという話を耳にした。それぞれ客室、玄関、居間、寝室、台所、風呂、トイレの順番に棲みつくらしい。
どうして順番がつくのかというと、持っている宝物の量が関係しているのだと言う。
一番にやってくる神様は何も持っていない。そこから二番目、三番目とだんだん持っている宝物の量が増えていき、その分、歩く速さは遅くなる。
棲みつく場所は先着順なので、一番多くの宝物を背負ってやってくる神様は、みんなが避けたトイレに棲みつくというのだ。
つまり、トイレを掃除して徳を積むと、他の場所を綺麗にするよりたくさんの幸運が自分に舞い込むと。

僕の家は賃貸アパートだし、客室はない。それに、六畳一間にベッドが置いてあって神様たちはぎゅうぎゅう詰めにされている。それだけでも不幸になりそう。だが、「信じる者は救われる」だ!
そう思い立って、「深夜三時のクリスマス、大真面目な顔でトイレ掃除」である。

恐らく、この記事を読んでくださる方は僕のことを全く知らないか、もしくは全く知らない方ばかりだと思います。誤解を招かないよう、念のため言っておきます。間違っても僕はウン十万も出してツボを買い、「この壺はね・・・」なんて語り始める人間ではありません。今のところは。
それに、普段はウンチとか言いません。いたって普通の、単純明快な純情男子です。

2

あれはまだ、素知らぬ顔で女湯に入っても許された頃、僕は神様の存在を信じていた。

いたずらを企んだり、嫌なことをサボったりしようとするとき、いつも決まって僕はその神様に叱られた。
なぜかビジュアルはビックリマンのスーパーゼウスで(分からない方は検索して欲しい)、悪いことを考えると
「これから一生、遊戯王のレアカードは当たらなくなるぞ!」
などと宣うスーパーゼウスが頭に浮かんだ。
これはもう叱るというより脅しだ。他にはビーダマンが壊れるだとか、ポケモンのデータが全部消えるだとか、脅された。

今になって考えると当時の自分の精神状態が心配になるのだが、悪いことをしてしまいたい気持ちに自分なりに歯止めをかけていたのだと思う。
女湯には入れなくなってからは、スーパーゼウスから女の子に興味が移った。いつしかゼウスは、僕の心から去って行ってしまった。

3

大人になった今、神様の存在を信じているとは言えない。願えば叶い、苦労すればその全てが報われるとは思っていない。
トイレに神様は棲んでいないし、便器の黄ばみはなかなか取れない。

ただ、朝起きてトイレが綺麗だと、ほんの少し気分が良い。気分が良いと、一日を大切にしようとする。一日を大切にすると、時には悪いことも起こるこの不平等な世の中も、広い心で見られる気がする。

ジンクスだとか徳を積むだとか、くだらないものに思える。それでも良い一日が増えるのなら、あのころ手放しで信じることのできた神様のように、少年のような心で信じられる何かがあっても良いのかもしれない。

「僕の中の少年」
作詩、作曲、編曲: 山下達郎

1988年にリリースされた山下達郎の9枚目のスタジオ・アルバム「僕の中の少年」より。

ごあいさつ

読んでくださった皆さま、TENANTの皆さま、初めまして。
この度、306号室に入居させていただくことになりました、イハラカンタロウです。普段は都内を中心に音楽活動をしております。
オーガナイザーの大橋 想さんにお願いしたところ、こんなに素敵な文章を書く場を頂きました。嬉しい!

この部屋では自分の持っているレコードやCDから一曲を選び、そのタイトルにこじつけた短い読み物を投稿していきたいと思っております。

それでは、これからよろしくお願いいたします!

イハラカンタロウ